PR

冥界降下譚の型で考える、トラウマを抱えたキャラクターで物語を動かす

創作のヒント

「トラウマを抱えたキャラクターの動かし方がわからない」
「重い過去があるのに、展開が
薄っぺらく感じる

クリエイター
クリエイター

いまいち盛り上がりに欠けるんだよね…

MangaHiyori
MangaHiyori

キャラクターを動かす方向に誤りがあるのかもしれません。

暗い過去を語る、克服して元気になる、心の傷から逃げ続ける……

いずれも間違いではありません。
でももし、盛り上がりに欠けるなと感じる場合、それには原因があります。

キャラクターを、向き合わざるを得ない場所へ連れて行けていないのかもしれせん。

喪失やトラウマを軸にした物語は、神話の時代から繰り返し使われてきた「物語の型」があります。

その代表的な型のひとつが冥界降下譚です。

冥界降下譚とは

冥界降下譚を使うと、重いテーマは「扱いにくい設定」から「物語を動かす構造」へと変わります。

神話で語られる冥界降下譚とは何か。

漫画やアニメなど現代作品で、この型がどのように応用されているか。

トラウマや喪失を設定したものの、物語が前に進まなくて悩んでいるクリエイターさんに向けて解説します。

この記事はこのような人にオススメです
  • 漫画や小説を創作しているクリエイターさん
  • トラウマを持つキャラクターを作ったのに、物語が動かない
  • 重い過去や設定が、雰囲気づくりで終わってしまう
  • トラウマを克服してしまって次の展開に迷っている
  • 「解決しない物語」を、破綻させずに成立させたい
  • トラウマや喪失を、設定ではなく物語構造として理解したい
スポンサーリンク

トラウマのあるキャラクターが陳腐化する理由

「重い過去がある」、「心に傷を抱えている」。
それ自体は強い設定のはずなのに、物語になると印象に残らない。

トラウマを持つキャラクターが陳腐化してしまう原因を見ていきましょう。

トラウマが「過去設定」で止まっている

トラウマを 「過去に起きた暗い出来事」として設定されているだけのケース。

過去設定で止まっている例

この状態では、トラウマは物語要素ではなく「キャラの背景説明」に留まってしまいます。

トラウマがキャラクターの行動や選択として表に出てこないと、物語は平坦なままになってしまいます。

どれほど重い過去でも、ストーリーは何も変わりません。

トラウマが「克服イベント」前提で扱われている

トラウマを 「乗り越えれば解決する問題」として扱ってしまうケース。

克服イベントになる例

こうした描写は分かりやすい反面、物語の中盤〜終盤で一気に物語が単調になる原因となります。

「克服後のキャラ」が正解しか選ばなくなり、結果として展開が平坦になりがちです。

トラウマが物語の「構造」に組み込まれていない

トラウマが物語にどのような役割を果たすのかを明確にされていないケース。

トラウマの役割の例

こうした点が設計されていないと、トラウマは物語を動かす力を持ちません。

キャラクターが 「トラウマから逃げ続けても成立する世界」にいる限り、トラウマは飾りになります。

冥界降下譚という「内面を物語に変える型」

クリエイター
クリエイター

原因はなんとなくわかった。
これからどうしていけばいいんだろう?

MangaHiyori
MangaHiyori

オススメなのが、冥界降下譚という物語の型を使うことです。

冥界降下譚とは、キャラクターが“失われたもの”を抱えたまま、取り戻せないかもしれない場所へ降りていく物語の型です。

トラウマを抱えるキャラクターが物語に深みを持たせるのにオススメです。

冥界降下譚の基本構造

重要なのは、これは問題を解決する物語ではないという点です。

英雄譚や試練克服譚が外の世界を変えるのに対し、冥界降下譚は内面を物語化するための型です。

解決しないのに、なぜ物語として成立するのか

キャラクターが抱えるトラウマはなぜ解決しなくて良いのか?
物語の型を並べてみると、違いははっきりします。

目的成功の定義
英雄譚世界に変化を起こす偉業を成し遂げる
試練克服譚困難を乗り越える 課題を解決する
冥界降下譚喪失と向き合う受け入れる

それぞれの物語の型は、「何を目的にし、どこで物語が成功したとみなされるか」が大きく異なります。

冥界降下譚は英雄譚や試練克服譚とは異なり、「受け入れる」ことが成功です。

冥界降下譚のポイント

問題が解決しなくても物語は成立します。

なぜなら、この型のゴールは「回復」ではなく、喪失を引き受けた状態で生き続けることだからです。

現代作品を例にすると、その違いはよりはっきりします。

英雄譚の現代作品例:『NARUTO』
ナルトの物語は、忍の世界そのものに変化を起こす英雄譚です。

『NARUTO』の目的・成功

物語の成功は、世界が変わり、偉業が成し遂げられたことで示されます。

ナルト個人の内面だけでなく、世界の構造そのものが変化する点が、英雄譚の特徴です。

英雄譚と『NARUTO』についての解説を別の記事でしています。こちらを読んでみると、冥界降下譚との違いがよくわかるはずです。

試練克服譚の現代作品例:『鬼滅の刃』

『鬼滅の刃』は、明確な課題を一つずつ乗り越えていく試練克服譚の構造を持っています。

『鬼滅の刃』目的・成功

ここで重要なのは、課題が解決されることで物語が前に進む点です。

試練は過酷ですが、基本的には「乗り越えれば次に進める」設計になっています。

試練克服譚と『鬼滅の刃』についての解説を別の記事でしています。こちらも読んでみると、冥界降下譚との違いがよくわかるはずです。

冥界降下譚の現代作品例:『メイドインアビス』

『メイドインアビス』は、冥界降下譚の構造を非常にわかりやすく持った作品です。

『メイドインアビス』目的・成功

アビスの深層へ進んでも、主人公たちは「何かを解決している」わけではありません。

むしろ、「元には戻れない」「取り返しがつかない」「それでも進むしかない」という状況を受け入れていきます。

この物語の成功は、喪失を抱えたまま前に進む選択を引き受けたことにあります。

このように、物語の型によってゴールが異なります。

物語の型別ゴール

同じ成長物語に見えても、目指している地点はまったく違うのです。

神話に見る冥界降下譚

“失われたもの”を抱えたまま、取り戻せない。
この構造は神話でも用いられています。

日本神話のイザナギ、ギリシャ神話のヘラクレスを例に見てみましょう。

日本神話:イザナミ・イザナギの場合

日本神話 イザナミ・イザナギ

冥界降下譚の基本構造

喪失(動機:失われた人・力・記憶・希望など)
イザナミは、国生み・神生みを成し遂げた後、
火の神カグツチを産んだことで命を落とします。

ここで失われたのは、単なる「一柱の神」ではありません。

  • 世界を共に創ってきた伴侶
  • 創造の循環そのもの
  • 生と死の境界が曖昧だった世界

イザナギにとっての喪失は、「世界がまだやり直せる」という希望の崩壊でした。

冥界降下譚としての物語は、この「取り返せるはずだ」という感覚から始まります。

異界への降下(冥界・死者の国・暗黒世界)
イザナギは、死んだイザナミを取り戻すため、黄泉の国へと降りていきます。

黄泉の国は、敵が待ち構える場所でも、試練を乗り越えれば進める場所でもありません。
生者の希望が成立しない異界です。

  • 生と死が明確に分断された世界
  • 一度入れば戻れない領域
  • 時間も理屈も通じない暗黒

イザナギは、「連れ戻せるはずだ」という生者の論理を持ち込んだまま、この異界へ足を踏み入れてしまいます。

試練・対峙(恐怖・影の自己・禁忌・代償)
黄泉の国でイザナギが突きつけられる禁忌は、「決して姿を見てはならない」という約束でした。

しかし彼は、恐怖や不安、確かめたいという衝動 に耐えきれず、イザナミの姿を見てしまいます。

そこにあったのは、かつての妻ではなく、死と腐敗に侵された存在でした。

ここでイザナギが対峙するのは、「死そのもの」、「変わり果てた他者」、そして、「受け入れられなかった現実」です。

禁忌を破った瞬間、「取り戻せる」という幻想は完全に崩壊します。

“何かを得て”帰還(再生/赦し/真実/象徴的な力)
イザナギは、追ってくるイザナミから逃げるように、
黄泉の国を後にします。

この帰還は、和解でも、救済でも再会でもありません。

イザナギが得たのは、取り戻せない現実でした。

イザナギが得たもの

黄泉比良坂で巨石を置く行為は、単なる逃走ではなく、生と死の世界を分断する決断です。

イザナギは、イザナミを取り戻すことには失敗しました。
それでも彼は、冥界から「世界の在り方そのもの」を持ち帰ります。

イザナギの冥界降下譚は、

喪失 → 異界への降下 → 禁忌と恐怖への対峙 → 真実を得た帰還

という構造を持っています。

この物語では、愛は回復せず、関係は修復されず、世界は元に戻りません

それでも物語は成立します。

なぜならこの冥界降下は、個人の救済ではなく、生と死の境界を確定させるための物語だからです。

冥界降下譚とは、失われたものを取り戻す話ではなく、「取り戻せない」という事実を世界に刻むための型なのです。

ギリシャ神話:ヘラクレスの場合

ケルベロスと対峙するヘラクレス

冥界降下譚の基本構造

喪失(動機:失われた人・力・記憶・希望など)
ヘラクレスは、女神ヘラの呪いによって狂気に陥り、自らの手で妻と子を殺してしまいます。

この出来事は、「償えば取り戻せる喪失」ではありません。

命は戻らず、罪の事実も消えない。

ヘラクレスが失ったのは、家族だけでなく、「人として元に戻れるという希望」そのものでした。

冥界降下譚としてのヘラクレスは、栄光や名誉を求めて動く英雄ではなく、すでに失われたものを抱えた存在として物語が始まります。

異界への降下(冥界・死者の国・暗黒世界)
十二の功業の最後に課されるのが、冥界の番犬ケルベロスを地上へ連れ帰るという命令です。

冥界は、怪物を倒せば突破できる場所ではありません。

  • 死者が留まる国
  • 罪と後悔が行き着く場所
  • 生者の論理が通用しない世界

つまり、生きていること自体が異物になる領域です。

ヘラクレスは、怪力の英雄としてではなく、「死と罪を背負った生者」として、この異界へ降下していきます。

試練・対峙(恐怖・影の自己・禁忌・代償)
冥界でヘラクレスが直面する試練は、敵を打ち倒すことではありません。

ケルベロスを連れ出す条件は、武器を使わず、過剰な暴力を振るわないことでした。

ここで彼が対峙するのは、怪物ではなく、他者でもなく、「力を振るうことで、すべてを壊してきた自分自身」です。

冥界では、力は解決策になりません。
むしろその力こそが、家族を失わせた原因であり、彼自身の影として立ちはだかります。

これは克服の試練ではなく、否定も清算もできない自己との対峙です。

“何かを得て”帰還(再生/赦し/真実/象徴的な力)
ヘラクレスはケルベロスを地上へ連れ帰り、その後、再び冥界へ戻します。

彼は、家族を取り戻したわけでも、罪を赦されたわけでも、心が完全に救われたわけでもありません。

それでも彼は、冥界から帰還した者となります。

彼が得たのは、象徴的な変化でした。

ヘラクレスが得たもの

冥界降下譚における帰還とは、元の自分に戻ることではありません。

「戻れないと知った上で、生者の世界に立ち続ける覚悟」 それこそが、冥界から持ち帰った唯一のものなのです。

ヘラクレスの冥界降下は、

喪失 → 異界への降下 → 影との対峙 → 受容を伴う帰還

という、冥界降下譚の基本構造を明確に備えています。

イザナギやヘラクレスの例はいずれも、以下のような共通点があります。

共通点

それでも物語は成立します。

なぜなら、冥界降下譚は失われたものを取り戻す物語ではなく、失われたまま生きることを引き受ける物語だからです。

もっと冥界克服譚について学びたい方へ

ここで扱ったイザナミ・イザナギ、ヘラクレスの神話構造は、「どのようにトラウマを持つキャラクターを動かし物語に深みを与えるか」応用できる要素が豊富に含まれています。

note 【神話×漫画】創作のための神話構造分析 では、神話と漫画を創作視点で分析しています。ぜひ覗いてみてください。

現代作品に受け継がれる「冥界」の形

クリエイター
クリエイター

冥界降下譚についてはわかったけれど…
死の世界へ向かう展開にしなきゃいけないの?

MangaHiyori
MangaHiyori

「冥界」=「死者の国」ではありません。

現代作品における冥界は、 必ずしも「死者の国」ではありません。一度踏み込むと、不可逆な変化が起きる場所を指します

ここで扱う「冥界」の例

トラウマを抱えるキャラクターが足を踏み入れる冥界はどこか?
これが、現代における冥界降下譚のポイントです。

具体的な作品を見てみましょう。

現代作品:天気の子の場合

created by Rinker
¥693 (2026/01/14 18:20:46時点 楽天市場調べ-詳細)

冥界降下譚の基本構造

喪失(動機:失われた人・力・記憶・希望など)
帆高は、家にも学校にも居場所を持てず、社会から切り離された少年として物語を始めます。
彼が失っているのは、具体的な誰かというよりも、「この世界で生きていていい」という感覚そのものです。

ヒナもまた、両親を失い、家族を支えるために無理を重ねる中で、「自分が消えることで世界が保たれる」という役割を背負わされていきます。
二人に共通しているのは、存在そのものが世界から余剰として扱われているという感覚です。

この物語の喪失は、すでに起きた出来事であると同時に、これから確実に失われていく未来でもあります。
それでも帆高は、その喪失を受け入れることができません。

冥界降下譚としての『天気の子』は、
「失われることが正しいとされる世界」への違和感から始まります。

異界への降下(冥界・死者の国・暗黒世界)
帆高がヒナを取り戻すために向かうのは、地下や地獄ではありません。
それは、鳥居が連なる空の上の世界であり、人柱として消える存在が辿り着く異界です。

この場所は、現実世界の延長線上にはありません。
法律も、常識も、「みんなのため」という論理も通用しない領域です。

ここは、
「誰かが犠牲になることで均衡が保たれる」
という世界の仕組みが、最も純粋な形で現れる場所でもあります。

帆高は、「正しさ」を理解したうえで、あえてそれを持ち込まず、ただ一人の人間として、この異界へと踏み込みます。

この時点で彼は、世界を救う側ではなく、世界の理屈から逸脱する側に立っています。

試練・対峙(恐怖・影の自己・禁忌・代償)
空の異界で帆高が対峙するのは、怪物でも敵でもありません。
彼が向き合わされるのは、「それでも彼女を選ぶのか」という問いです。

ヒナを連れ戻すことは、世界が壊れるかもしれない選択であり、多くの人にとって許されない行為でもあります。

それでも帆高は、「正しい選択」よりも「失いたくない存在」を選びます。

この選択は、成長でも克服でもありません。
むしろ、取り返しのつかない代償を引き受ける覚悟そのものです。

冥界降下譚における試練とは、正解を選ぶことではなく、間違いかもしれない選択を、引き返さずに選び切ることなのです。

“何かを得て”帰還(再生/赦し/真実/象徴的な力)
帆高はヒナを連れ戻し、生者の世界へ帰還します。
その結果、東京は水に沈み、世界は元には戻りません。

この帰還は、英雄的勝利でも、問題解決でもありません。
失われたものは多く、状況は悪化しているようにすら見えます。

それでも帆高は、「自分が選んだ」という事実とともに、生き続ける道を選びます。

彼が冥界から持ち帰ったのは、救済や赦しではなく、選択と責任を引き受ける主体性でした。

冥界降下譚としての『天気の子』は、世界を元に戻す物語ではありません。
失われたものをなかったことにもしません。

それでも選び、それでも生きる。
その姿勢そのものが、冥界からの帰還なのです。

現代作品:メイドインアビスの場合

冥界降下譚の基本構造

喪失(動機:失われた人・力・記憶・希望など)
リコは、幼い頃に母ライザをアビスへと失っています。
それは単なる生き別れではなく、「帰ってこなかった」という事実として、最初から取り戻せない可能性を含んだ喪失です。

それでもリコにとって、母は死者ではありません。
アビスの底で生きているかもしれない、あるいは何かを残している存在として、彼女の中にあり続けます。

リコが失っているのは、母そのものだけではありません。
「地上で安全に生きる未来」や「普通の成長ルート」もまた、最初から選択肢として欠けています。

冥界降下譚としての『メイドインアビス』は、失われた存在を探しに行く物語であると同時に、失われることを前提に進んでいく物語として始まります。

異界への降下(冥界・死者の国・暗黒世界)
アビスは、明確に「降りるほど戻れなくなる」世界です。
階層が深くなるにつれて、身体も精神も不可逆的に変質していきます。

ここは、敵を倒して進むダンジョンではありません。
世界そのものが、生者にとって有害であり、存在するだけで代償を支払わされる場所です。

リコとレグは、自らの意思でアビスへと降りていきます。
しかしその選択は、冒険というよりも、生き方を切り捨てる決断に近いものです。

冥界降下譚における異界とは、「戻れる前提のない場所」であり、アビスはその条件を極めて露骨な形で満たしています。

試練・対峙(恐怖・影の自己・禁忌・代償)
アビスで彼らが直面するのは、強敵や謎だけではありません。
最も苛烈なのは、「進めば進むほど、何かが確実に壊れていく」という現実です。

身体の損傷、精神の崩壊、仲間の変質。
それらは一時的なダメージではなく、取り消しのきかない結果として積み重なっていきます。

ここで問われているのは、目的を達成できるかどうかではありません。
それでも降り続けるのかという選択そのものです。

アビスは、挑戦を歓迎しません。覚悟を称賛もしません。
ただ、進んだ者から順に、代償を奪っていくだけです。

冥界降下譚における試練とは、乗り越える壁ではなく、引き返せない現実を何度も突きつけられることなのです。

“何かを得て”帰還(再生/赦し/真実/象徴的な力)
『メイドインアビス』において、明確な帰還はまだ描かれていません。
しかし冥界降下譚における「帰還」は、必ずしも元の世界へ戻ることを意味しません。

リコたちは、降下するたびに、「戻れない存在」へと変わっていきます。
それでも彼女は、母の足跡を辿り、真実に近づくことを選び続けます。

ここで得られているのは、救済でも回復でもありません。
得ているのは、失われることを前提にしても、進むという意志です。

冥界降下譚としての『メイドインアビス』は、 喪失を乗り越える物語ではありません。
喪失が不可避である世界を、そのまま降りていく物語です。

戻れないと知りながら、それでも降りる。
それ自体が、この作品における冥界からの「帰還なき帰還」なのです。

現代作品:聲の形の場合

created by Rinker
¥594 (2026/01/14 18:20:46時点 楽天市場調べ-詳細)

冥界降下譚の基本構造

喪失(動機:失われた人・力・記憶・希望など)
石田将也は、過去に西宮硝子をいじめたことで、周囲から孤立します。
彼が失ったのは、友人関係や信頼だけではありません。

人と関わる資格、自分が生きていていいという感覚、そして「他者と向き合う未来」そのものを失っています。

この喪失は、誰かに奪われたものではありません。
自分自身の行為によって生まれたもの。
だからこそ、簡単に回復することも、忘れることもできません。

冥界降下譚としての『聲の形』は、取り返しのつかない過去を抱えたまま、生き続けてしまった者の物語として始まります。

異界への降下(冥界・死者の国・暗黒世界)
将也が生きている世界は、現実そのものです。
しかし彼にとってそれは、生者の世界ではありません。

人の顔には×印が付き、声はノイズに変わり、他者と視線を合わせることすらできない。
この状態こそが、『聲の形』における冥界です。

ここは、敵を倒して突破できる場所ではありません。時間が解決してくれることもありません。
ただ存在し続けるだけで、自己否定が積み重なっていく世界です。

将也は、自分が作り出したこの冥界に、逃げ場もないまま閉じ込められています。

試練・対峙(恐怖・影の自己・禁忌・代償)
将也が向き合わされるのは、過去の行為そのものよりも、「自分は許される存在ではない」という自己像です。

硝子に近づくことは、贖罪の機会であると同時に、再び誰かを傷つけるかもしれない恐怖でもあります。

彼にとっての試練は、何かを成し遂げることではありません。
人と関わることで、再び傷つく可能性を引き受けることです。

冥界降下譚における試練とは、恐怖を消すことではなく、恐怖を抱えたまま一歩踏み出すことにあります。

“何かを得て”帰還(再生/赦し/真実/象徴的な力)
将也は、過去をなかったことにはできません。
硝子との関係も、完全に修復されるわけではありません。

それでも彼は、人の顔に付いていた×が外れ、
声が届く世界へと戻ってきます。

彼が冥界から持ち帰ったのは、赦しや救済ではありません。
不完全なまま、人と向き合い続ける覚悟です。

冥界降下譚としての『聲の形』は、罪が消える物語ではありません。
トラウマが克服される物語でもありません。

それでも生きる世界に戻る。
*それ自体が、この物語における冥界からの帰還なのです。

もっと漫画の分析を見たい方へ

ここまで見てきたように、神話的な物語構造は、現代の漫画やアニメにも形を変えて受け継がれています。

note【神話×漫画】創作のための神話構造分析 では、こうした神話を現代作品にどう落と仕込んでいるか分析しています。

「神話 × 漫画 × キャラクター設計」を効率的に調べられるため、創作にかかる調査時間を大幅に削減できます。ぜひ活用して下さい。

冥界降下譚の失敗例

トラウマがあるのに物語が動かないとき、多くの場合、冥界降下譚の型がうまく作用していない可能性があります。

ここでは、具体的な失敗例を見ていきましょう。

「ただのダンジョン」にしてしまう失敗

冥界をただ単にダンジョンのような危険な場所にしてしまうと、それは冥界降下譚ではありません。

危険な場所。
強い敵。
過酷な環境。

これだけでは、冥界にはなりません。

そこが「攻略可能な場所」になると、冥界降下譚ではなく試練克服譚にすり替わってしまいます。

行って、勝って、帰ってくる。
それは冥界降下譚ではありません。

トラウマが「設定」で終わるキャラクター

過去の出来事が語られるだけで、現在の選択に影響を与えない。

この状態では、トラウマは物語を動かしません。

避け続けている場所に、まだ一歩も踏み込んでいないからです。

踏み込んで、対峙して、何かを得て初めて冥界降下譚は成立します。

問題を解決する正解を見つけてしまう

冥界(トラウマと向き合う場所)に降りると、「正解の選択肢」が消えます。

どちらを選んでも失う。
進めば壊れる。
戻れば何も変わらない。

この状態こそが、冥界降下譚の醍醐味です。

冥界は、一度降りたら、価値観・関係性・自己認識が 元に戻らなくなる場所です。

冥界に入ることで、解決策を見つけてスッキリしてしまうと、それは冥界降下譚にはなりません。

冥界降下譚の型でトラウマを設計する

トラウマのあるキャラクターを描こうとすると、「どれだけ重い過去を与えるか」や「どれだけ辛い描写を入れるか」に意識が向きがちです。

しかし冥界降下譚の視点で見ると、問題はそこではありません。

重要なのは、そのトラウマが、物語の中でどんな役割を持っているかです。

冥界降下譚の型を利用する具体的な手順を見ていきましょう。

トラウマによって「何が失われた世界なのか」を決める

冥界降下譚は、何かを得る物語ではありません。
すでに失われてしまったものから始まる物語です。

まず決めるべきは、主人公が何を失った世界に生きているのか、という点です。

喪失したもの例

ここで重要なのは、「失ったかもしれない」ではなく、すでに失われているという前提を置くことです。

冥界とは、希望が消えたあとでも続いてしまう世界のことだからです。

冥界とは「乗り越える場所」ではなく「直視させられる場所」

試練克服譚では、困難は乗り越える対象として配置されます。

一方、冥界降下譚における冥界は、努力や成長で突破できる場所ではありません。

向き合うもの例

こうしたものと、否応なく対面させられる場所が冥界です。

ここでは、正しい行動を選んでも状況は好転しません。
強くなっても、失われたものは戻りません。

だからこそ冥界は、「攻略対象」ではなく、物語の底として機能します。

冥界で起きるのは「選択」ではなく「受容」

冥界降下譚の山場では、主人公は何かを選んで勝利するわけではありません。

起きるのは、受け入れざるを得ない現実との対峙です。

受け入れるもの例

この瞬間に必要なのは、前向きな決断ではありません。

「それでも生きる」という、消極的で、不完全で、しかし逃げない態度そのものです。

冥界降下譚におけるクライマックスは、何かを克服する場面ではなく、幻想が完全に壊れる場面に置かれます。

冥界からの帰還で「何が変わり、何が変わらないのか」を決める

冥界降下譚では、帰還=ハッピーエンドではありません。

冥界からの帰還後

それでも、主人公は冥界から戻ってきます。

そのとき変わるのは、状況ではなく、向き合い方です。

帰還後の変化例

冥界降下譚で設計すべきなのは、「克服後の成長」ではありません。

失われたままの世界で、物語が再び動き出す地点です。

トラウマを冥界降下譚として設計すると、それはキャラクターを曇らせる設定ではなく、物語を底から支える構造になります。

派手な展開を足す前に、主人公がどんな冥界に生きているのか。
そして、そこから「どう戻ってくる物語なのか」。

そこを決めるだけで、トラウマは設定ではなく、物語そのものに変わっていきます。

まとめ:トラウマの扱いに迷ったら、冥界降下譚で考える

「トラウマを設定したはずなのに、物語が動かない」
「重い過去があるのに、展開が平坦に感じる」
そう感じたとき、悲惨な出来事を足したり、感情描写を濃くする必要はありません。

重要なのは、どれだけ辛い過去を描いたかではなく、そのトラウマが物語の中で何を変えたかです。

冥界降下譚の視点で見ると、物語の核心はトラウマを「克服すること」ではありません。
主人公が失われたものと向き合い、それを抱えたまま戻ってくる地点にあります。

チェックポイント

これらを整理すると、トラウマは設定ではなく、物語を底から支える構造として機能し始めます。

冥界降下譚では、解決しないことも、完結しないことも、元に戻らないことも否定されません。

それでも物語が成立するのは、主人公の立ち位置が「逃げている側」から引き受けた側へと静かに変わるからです。

トラウマの扱いに悩む原因は、描写の弱さではなく、トラウマを物語の中心構造として配置できていないことにあります。

冥界降下譚という型を使えば、トラウマはキャラクターを曇らせる設定ではなく、物語を前に進める必然性へと変わっていきます。

派手な克服や感動的な救済を用意する前に、
主人公がどんな冥界に降り何を失ったまま戻ってくる物語なのかを定めるだけで、トラウマは「重い設定」から、読者の心に残る物語へと変わるはずです。

クリエイターのための神話分析

クリエイター向け創作のヒント

ここまで見てきたように、神話的な物語構造は、現代の漫画やアニメにも形を変えて受け継がれています。

note 【神話×漫画】創作のための神話構造分析では、こうした神話キャラを「現代作品に落とすとどう機能するか」という視点で、神話キャラクター別に分析しています。

「神話 × 漫画 × キャラクター設計」を効率的に調べられるため、創作にかかる調査時間を大幅に削減できます。ぜひ活用して下さい。

タイトルとURLをコピーしました